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[转帖] 中国IT技術者への日本語教育について

中国IT技術者への日本語教育について

1. 日本の現状
日本の少子高齢化は、世界で最も深刻である。現在の日本の一人の女性が生涯に子供を産
む合計特殊出生率は、2005年に1.25まで低下し、大幅に改善の見込みはないと予想されている。この状態が続いていけば、毎年1%以上人口が減少し、2050年には日本の人口は、1億人を割り込んでしまう。更に人口が減少していく社会の中で、50歳以上の人口が成人人口の過半数を占めるということが、同時にしかも急激に進行していく。
具体的に整理すると、1997年に1947年(昭和22年)生まれの約240万人が 50歳になり、これ以降続々と団塊の世代と呼ばれる戦後生まれのベビーブーマー達が毎年200万人以上50歳代に突入し、現在、すべての団塊世代が50歳代である。また、1947年生まれの団塊の世代が2007年に60歳になり定年を迎えている。極端に高齢者が多く労働人口の担い手である若者が少ない社会になってしまう。
今後、日本がGDP世界第2位の経済力を保ち、現在の社会保障制度を維持していくは困難になる。外国人就業の受け入れが必用である。特に、コンピュータソフトウェアは、機械で自動的に作成できるものではなく、あくまでも人間がシステム設計書や仕様書に書かれているに日本語の文章を読みながら一つ一つプログラミングしていく作業である。その際に重要なのは、日本語の読解力であり、日本人とのコミュニケーション能力である。
IT技術はドッグ・イヤーといわれるほど技術革新のスピードが速い。そこで、中国IT技術者においてもグローバル感覚を持った人材が必要になる。世界の技術動向を知り、自分の技術を高めていく必要もあるが、その場合でも、高度なコミュニケーション能力が必要になる。コミュニケーション能力を高める方法の一つに、外国語のマスターがある。
したがって、中国技術者に日本語を教えることは、このコミュニケーション能力も高められるように教えなければならない。 ShangHai

2. 中国IT技術者への日本語教育
(1)多文化共生社会におけるコミュニケーション不足の原因
文化とは、その国の人々の生活や考え方などを隅々まで支配しているものである。その国の文化というものは、そこに生まれ育った人々にとっては、空気の存在と同じく、元来自覚されにくいものである。人々にとって、自分の国のすべてのことは、当たり前であり、それ以外の在り方、やり方などは、まったく無いと思って大部分の人は一生を過ごしている。
現代は、インターネット、通信、テレビ、新聞などの情報手段が発達し、外国旅行が当たり前になっている時代であり、日本の街中、上海の街中で外国人を見かけることは珍しくなくなった時代では、一般の人といえども、国が違えば風俗習慣が違い、人々の行動も異なっていることは知っている。
しかし一般の人が気付く、いわゆる文化の相違とは、比較的目につきやすい、具体的な現象に限られることが多いのである。ある学者が、「あらわな文化」と呼ぶ、文化の側面がこれ である。食事の場合を例にとれば、日本は、箸を横に置くが、中国では縦に置く、また、欧米では、箸を使用するのではなく、スプーン、ナイフとフォークを用いるといったことがこれに当たる。日本人は生魚を賞味するが、ほとんどの中国人は生の魚は食べない。中国人は、鳩を食べるが、ほとんどの日本人は食べない。そしてお互いに、よくもあんなものが食べられると思ったりするのも、「あらわな文化」の項目の違いに関係している。
この顕在的な文化に対して、目に見えにくい、それだけになかなか気付かない文化の側面のことを、「隠れた文化」と呼ぶ。現代の日本人も食事で、ナイフやスプーン、フォークなどよく使うが、欧米人と日本人では、使い方が微妙に違いうのである。日本人は、スプーンでスープを飲むとき、スプーンと顔を平行にし、吸い込むようにして、スープを口に入れる。欧米人は、どちらかと言えば、スプーンを顔と直角になるようにしてスープを飲む。
このように、文化の項目としては同じスプーンを使いながら、日本人と欧米人との間には、ちょっと人が気付かない構造的な違いが見られる。文化というものは、このような、その
国の人が自覚していない、無数の細かい習慣の形式から出来上がっているものであって、こ
の隠れた部分を、教えることが出来れば、異文化間のコミュニケーション理解の鍵であり、
また日本語を教える重要な意義の一つであると言えよう。
(2) 言語能力の不足
IT技術者への日本語教育は、中国の各大学で日本語の習得を目的としている日本語学科の学生に教える日本語とは異なると考える。IT技術者への日本語教育の目標は、日本人技術者とのコミュニケーションが出来、日本語で書かれたシステム設計書、仕様書を正しく読み、理解し、それに基づいて、プログラミング、或いはシステムを構築することである。すなわち、IT技術者への日本語教育の目的はコミュニケーション能力の育成と捉えなければならない。

日本語を用いて、どのようなコミュニケーションが可能なのかというのが重要になる。それは言語活動が具体的な目標を持って始めて成立するものであることを意味するし、当然のことながら自己以外の他者の存在の重要性も浮かび上がってくる。このように、日本語によるコミュニケーションの力を、現実の社会において、ある具体的な目的のために、言葉によって自己以外の他者とのやり取りを行うものとして捉えると、それを体系的に或いは効率的に教えるということを常に考え、シラバス、カリキュラム等を作成しなければならない。
离开毛茸茸的状态,死挺,成为社会中坚。

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