「ウェブ時代をひらく新しい仕事,新しい生き方」
http://itpro.nikkeibp.co.jp/arti ... &ST=ep_webpluse
まつもとゆきひろの起こした小さな奇跡
――梅田望夫さんの新刊「ウェブ時代をゆく」には,「まつもとゆきひろの起こした小さな奇跡」という節があります。この本で何を伝えようとされ,なぜまつもとさんを紹介されたのでしょうか。
梅田 いま,インターネットの切り拓いた新しい時代というのが,我々の生き方にダイレクトに影響を及ぼしていこうとしています。時空を超えられる,いろんな人とつながれる,様々な可能性がある。それを見ないようにしている人もいるし,どっぷりと浸かっている人もいる。
そういったなかで,過去になかった生き方をしている人,エッジの立った人の生き方を見て次の時代の生き方を想像するというのかな。僕はシリコンバレーに来て13年になるんですが,シリコンバレーのビジョナリーと呼ばれる人は,Tim O'Reillyなんかもそうですが,水面に出てきたものを見てその氷山の形や大きさを想像するんです。それは外れてバカにされるかもしれないし,当たって賞賛されるかもしれない,そうしてリスクをとって未来を予想していく。
たとえば,オープンソースは,次の50年から100年というスパンで,とても大きなことになるのではないかと,数年前から思い始めています。インターネットという空間の中で,不特定多数の志向性を同じくする人たちが結びついて,金銭的な動機付けが存在しない中で,ものすごく複雑なソフトウエアが,価値が生まれる。僕はこれはとても大きなことだと思う。このことを,そうとう真剣に考えなければいけないという問題意識がある。
そんなウェブ進化の中から,どういう新しいタイプの人が出てきたかというと,本の中でも紹介しているんだけどLinus Torvaldsやまつもとゆきひろさん,将棋の里見香奈さん――里見さんもまつもとさんと同じ島根県出身なので,島根には何かあるんじゃないかと思ったりするのですが――など,こういった人たちはどういう共通点があるんだろうと考えると,好きなことと出合い,それをファースト・プライオリティにして,内からのうながしでそれに打ち込み,やり続けているところにあると思います。そういう人たちが自然に浮上してきて,なおかつ若いひとたちのあこがれの対象となっている。
アメリカにもヨーロッパにもそういう人たちはいるんだけど,特にまつもとさんは,海外ではなく日本にいる,身近な存在として若い人たちの一つのロールモデルとして意味のある大きな存在になっていると感じています。
オープンソースで飯を食う
梅田 もう一つは,まつもとさんのおっしゃっている「オープンソースで飯を食う」ということ。
オープンソースは基本的に非営利なものですよね。オープンソースの世界で台頭して普通のプログラマとして就職するというのはわかりやすいのですが,まつもとさんが実践されているのはそうではなく,Rubyの開発というパブリックな仕事を,社会貢献を,朝から晩までやって,大金持ちではないけれども,生活の糧を得ている。これは過去になかった生き方です。
Linusと会ったときも,お金が目的ではなくて,基本的に「飯を食えればいいよ」という感じで。Linusの家を訪ねたのですが,ごく普通の家で「この家に住めればいいよ」という感じでした。
まつもと 目指したわけじゃないんですけど,結果的にロールモデルのようになってしまって。若い人がオープンソースで飯を食う,というと僕のことを思い浮かべるみたいで。それに恥じないようにしなくちゃいけないな,というか,オープンソース・ソフトウエアを書いて生きていけるということを身を持って示そうと思います (笑)。
――どのようにしてオープンソースで飯が食えるようになったわけでしょうか。
まつもと 今,ネットワーク応用研究所という会社のフェローなのですが,10年ほど前に,最初は暇な時間でRubyも開発するけど普通の仕事もやるという条件で入社しました。何年かしてRubyの開発が忙しくなり,会社としてもRubyの価値が高まってきたことで,Rubyの開発だけをやるようになりました。収入としては文句ないくらい給料をいただいていて,プラス原稿料や講演料ですね。
Rubyそのものはオープンソースで無償で公開しているんですが,Rubyを開発していることでコンサルティングや教育の案件がきたり。ここ1~2年は特にRubyの仕事が増えて,今は人材が足りなくて仕事をお断りしなくちゃならない状況で。
また優秀な人材がRubyの仕事をしたいといって応募してくるということもあります。うちの会社は50人くらいの小さな会社なんですが,1割くらいは地元出身ではなく島根に縁のなかった人ですね。
梅田 普段はどんな一日なんですか。
まつもと だいたい平日は朝起きて,午前中はパソコンを開けてゴソゴソやっているんですけど,そのうちにいちばん下の子供が――今3歳なんですけど――邪魔しに来るので会社に避難して(笑)。オフィスに夜までいて,家族と過ごして,夜またパソコンを開けてゴソゴソして。
梅田 パソコンを開けている時間というのはRubyの開発を?
まつもと メールとWebの読み書きが多いんですけど,だいたいはRubyに関することですね。最近コーディングができる時間がかなり減りました。それ以外の仕事が増えて。集中してコードを書いているのは1日1時間くらいでしょうか。下手すると1日コーディングできなくて禁断症状が出たりして。「俺にコーディングさせろ!」みたいな(笑)。
好きなことだから一日中やっていられる
梅田 Rubyに関して,まつもとさんとアクティブにコミュニケーションしているのは何人くらいですか。
まつもと Rubyの開発関係のメーリングリストは英語と日本語のものが別々にあって,参加者はともに数百人規模ですが,アクティブに発言しているのはそれぞれ数十人くらいかな。
梅田 そうすると,朝起きるとメールがそうとう溜まりますよね。
まつもと 溜まります。例えば「この関数のこの名前が気に入らないから何とか直したい」という議論が起きて,寝ている間にそのテーマだけでメールが60通も来ていたりして(笑)。
梅田 最近思うのですけど,大量の情報が押し寄せること,それによって自分の人生が規定されてくるみたいな感覚がある。
僕と同世代で大企業でグローバルな拠点をマネージメントする立場で働いてる友達がたくさんいて,朝5時に起きて夜1時まで仕事をしているなんて連中もざらで,睡眠時間は4時間って感じなんだけども,彼らも朝起きると大量のメールが来ていて,オープンソースの世界と同じだよねって。
まつもと 自分が寝ている間に議論をガンガン進めているやつがいたり。向こうは昼間ですからね。
梅田 僕もアメリカに住んでて,最近は眠りが浅くなって一日に2回に分けて寝るようになっちゃって。日本語圏が起きている時っているいうのは,ネットで大騒ぎが起きていることがあって,真夜中に一度起きてネットをチェックして,アメリカの午前11時くらいまで働くと疲れて,日本の夜なのでそのころなら安心して眠れる(笑)。
グローバルに分散している人たちと仕事をするって,全然昔と違いますね。
まつもと 何年か前,本を書いていた時,編集者の人がニューヨークにいたので,昼間いっしょうけんめい原稿を書いて,メールで提出して翌朝起きると校正が送られてきて「ここがおかしいよ」と指摘されていて。全然休めない(笑)
梅田 否応なく働く時間が長くなっているような気がする。24時間仕事ができる環境が与えられてしまったという,たいへんな問題がある(笑)。何かやっている時間が10年前より圧倒的に長くなっていて。だからこそ嫌な仕事だと,どうなるんだろうと。
まつもと 嫌なことをやっちゃいけませんよね(笑)。
梅田 僕も本当にそう思う(笑)。嫌なことを仕事にすると,体に変調をきたすという予感がする。
まつもと 昔だと,仕事が終わって,翌日昨日の続きから始まる。変化してないですよね。でも今だと,寝ている間に他の人がいろいろ仕事している(笑)。
梅田 休暇とかはお取りになりますか。
まつもと たまには。あまり長い休みは取らないですね。
梅田 それはRubyの開発が流れ続けているから?
まつもと いや,僕は映画のレインマンみたいなところがあって,生活が変わるのがいやなんです(笑)。できれば同じことを繰り返していたい(笑)。外人みたいに1カ月バカンスなんて考えられない。
梅田 僕は長い休みを取りたいほうなんです。昔は完全にネットから離れるということが解放感だった。でも何年か前からかな,これはアディクション(依存)の可能性があるんだけど(笑),ほぼ毎日,差分を把握するというのか,ネットの上の自分の分身に起こったことをトラッキングしないと不安だというような感じになった。一週間オフのままというのは今後ありえないんじゃないかと。
――梅田さんは以前,ネットは行くところというよりも帰ってくるところ,ネットに住むという感覚があるとおっしゃっておられました。まつもとさんもそういう感覚がありますか。
まつもと 区別がないですね。向こう側という感じはない。
梅田 もっと進むと区別がなくなる。
「いいもの」と「邪悪なもの」
――梅田さんがあげておられるこれからの重要なキーワードの一つに「不特定多数無限大への信頼」という言葉があります。また,まつもとさんは「Rubyの真髄は信頼」というお話をされたことがあります。
梅田 僕はまつもとさんのように多くの方と信頼関係を結んで実際にプログラムを作っているわけではなく,今起こっていることを俯瞰的に眺めてそれを言葉にしてみようというスタンスなんです。ハッカーの方からは嫌われる存在かもしれませんが,世の中に一人くらいそういうことをやっている人間も必要だろうと思って(笑)。
まつもとさんにお伺いしたいんですが,オープンソースで作るものって,基本的に「いいもの」ですよね。「邪悪なもの」,例えばウイルスをオープンソースで作ることってあるんですか。
まつもと ウイルスはアセンブラで作っていることが多いんですよ。そのアセンブラの中に作者の署名が入っていることがよくある。他のウイルス作者は,その署名を見て「あいつが作ったのか。じゃあ俺がもっと強いウイルスにしてやる」といって改造する。コードを共有したりすることもあるようで,それはオープンソースほどおおっぴらではないんですが,邪悪なところでもオープンソースみたいなことは存在するみたいです。
梅田 でも遠くから見ていると,オープンな場で行われているのは圧倒的に「善きこと」が多いように見える。そのことは,私たちの未来にとても明るいものを示唆しているように思えます。
まつもと ハッカーをドライブしているのは基本的に知的好奇心なんです。それはよい方に向く場合もあるし,悪い方へ向く場合もある。だから,それをよい方で満たすことで,悪い方に向かなくなるということはある。
梅田 その時に重要になるのがリーダーの役割です。
まつもと オープンソースという総体があるわけではなくって,存在するのは個々のプロジェクトなんです。RubyやLinuxのような。大きなものから小さいものまであり,中には人が集まらないようなプロジェクトもある。(オープンソース・プロジェクトをホスティングしているサイト)Sourceforge.org を見ると,6割のプロジェクトは停滞しています。
梅田 そのなかで,Rubyを成功させているものは何か。知り合いの若いエンジニアは,まつもとさんの没頭とセンスの秀逸さがRubyの成功要因だと言っていました。
まつもと 他のプロジェクトはわからないので,Rubyのことしか言えないんですが,Rubyのコミッタ(コードの変更権限を持つメンバー)は40人くらいです。つまり40人くらいの人がRubyのコードを変更する。ただ方向性に関しては,僕がディシジョンをしています。それが今までのところは評価されて,Rubyというものの性格をあいまいにしないですんでいる。自分で言うのもおこがましいですが,Rubyが成功しているとしたら,それが要因になっているのかなと思います。
Rubyの「信頼」
――まつもとさんがお話されていた「Rubyの真髄は信頼」という言葉の意味を教えていただけますか。
まつもと 「不特定多数への信頼」という場合の信頼とはニュアンスが違うかもしれませんが,なぜ信頼するかというと,そのほうが効率がいいからなんですね。
何をするかわからない連中を引っ張ってきて,枠にはめて,失敗させないようにするスタイル,日本ではそれが主流です。でもそれは,いちばん尖った部分を削り落として,失敗させないようにするわけです。それでは有り得る最大の効率は達成できないじゃないですか。それがいやなんですよ。
最大限の効率を達成するためには,プログラマを信頼する方が効率が高い。その代わり派手に失敗するかもしれませんが。言い方を変えると,Rubyのユーザーを大人として扱っている。他の言語は,ユーザーを子供扱いして「そんなところには行けませんよ」と自由を制限している。それはいやだというのがある。
それとは別にして,Rubyを開発している時には梅田さんのおっしゃった意味での信頼はあります。40人のコミッタはRubyのソースコードを壊すこともできるわけですから,信頼がなくては開発できません。
――どのように信頼できる場を作り上げていけばよいのでしょうか。ネットにはどんな人がいるかわからない,子供にはネットで不用意に知らない人と話してはいけません,と言わざるを得なければならなかったりします。
梅田 ネットで受ける危害って,リアルに比べて限られていると思います。僕もリアル世界では,例えば「新宿の雑踏へ行って不特定多数を信頼しよう」なんて絶対にできませんよ。でも,ネットでは炎上したりしても,中身のない誹謗中傷は見ないようにして,この人は味方をしてくれているなといいほうに重みをかけたり,取捨選択すればいい。その中で,志向性の合う人との間で,オープンなんだけど,居心地のいいコミュニティができてくる。
逆にそういう場をリアルでどうやって作ればいいんだろうと思いますね。リアルだと,本当に子供が誘拐されるかもしれないので知らない人と話しちゃいけませんよ,となるわけですけど,ネットだと知らない人と話しても,そこで仮に問題が起きてもたかが知れているという気がします。
まつもと 僕は基本的にみんな信じています。Rubyのコミュニティは荒れてもたいしたことはなくて,議論か変なコードをコミットしようとするかくらいですから。ただRubyのコミュニティの話なので,一般に拡大して言えるわけではないと思いますが。
梅田 こういう議論をするときには理想の状態が実現できないと嘆くのではなく,今よりもよい状況に改善していく“芽"のようなものを見つけて大きくしていくことが大事だと思います。
世の中をよくする
まつもと コミュニケーションのコストがすごく安くなった,それが社会に与える影響って大きいですよね。海外と日常的にコミュニケーションするというのは,一昔前なら多国籍企業などの一部の人でなければできなかったけど,今では誰でもできる。
梅田 シリコンバレーの連中は「世の中をよくする」という言い方をよくするんですよ。「Make the world a better place」とか「Changing the world for the better」とか。Steve Jobsもよく言うし,Googleの連中もよく言う。オープンソースの人たちもよく言うのかな。
まつもと 似たようなことをこないだ言ってきたばかりです(笑)。Ruby Conferenceのキーノート・スピーチで。
梅田 そうなんですか! それでおもしろかったのが,Steve Jobsが「世の中をよくするって,どういう意味だ」って聞かれて,Jobsは「簡単なことだ。過去に政府や大企業の一部の人にしか開かれていなかった可能性が個人に開かれるんだから,betterに決まっているじゃないか。当然だ」って。それで本当に世の中がよくなるのか議論はあるかもしれないけど,それがそのとおりだって思われているのがシリコンバレーの思想です。
日本にも松下幸之助の水道哲学というのがありましたよね。水道の水は無料ではないけど,無尽蔵で価格が安いから,例え通行人がこれを飲んでもとがめられない。家電も同じように安価に大量に供給すれば,それで世の中がよくなるという使命感に基づいている。ITやエレクトロニクスの基本的な大きな流れってそういうところにある。
まつもとさんがスピーチで使われた「世の中をよくする」という言葉も同じような意味ですか。
まつもと 僕の場合はプログラマ限定なんですけど,プログラマというのは抑圧されていて(笑),上から押し付けられたツールを,こんなものを使いたくないと思いながら仕事をしていることが多いんです。もっと自由にツールや言語を使ってハッピーになろうよ,可能性を発揮しようよというのが僕の言いたかったことです。
オープンソース・プログラマはロックスター
まつもと Ruby Conferenceに来るような人って,他の言語からRubyに移ってハッピーになったっていう人が多くって,会場を歩いていると「ありがとう」と言われるんですよ。いきなりつかまえられて。
――いきなり。
梅田 こないだ,シャーロットのRubyのカンファレンスに行った若いエンジニアが目を輝かせて言っていたんですけど,街を歩いているといろんな人種の人たちが「まつもとさん」,「まつもとさん」ってあいさつするんですってね。
まつもと カンファレンス・プレイスなので,街に出てもカンファレンスに出席した人がたくさんいるんです。晩ご飯を食べにいくと「Matzだ」,「Matzが来たぞ」って。
2月にシリコンバレーに行ったときもそうでしたね。その時は「しまねOSS協議会」の視察ツアーで,Rubyのカンファレンスではありませんでしたが,写真撮ってくれって言われましたね。
梅田 それは若いエンジニアにとってはもう,たいへんなロールモデルですね。
――ロックスターみたいですね。
まつもと 恥ずかしいですね。内容が伴っているのかどうか。
Perl を作ったLarry Wallという人がいるんですが,彼がブラジルのカンファレンスに出席した時は本当にロックスターみたいに扱われたそうです。南米はオープンソースが盛んで,何千人も聴衆が集まってその前でプレゼンしたそうで,彼もすごい照れ屋なので「恥ずかしかったよ」と言っていました。
梅田 まつもとさんも南米に行くとそうなるのかな。
まつもと 行ったことがないので(笑)
梅田 ぜひ行ってみるべきですよ(笑)
信仰とオープンソースの関係
梅田 この質問はもしお答えになりたくないということであればスキップしていただきたいんですけど,まつもとさんはBlogなどでも信仰について書かれていますが,クリスチャンであることとオープンソースには関係がありますか。
まつもと クリスチャンじゃない自分というのを考えられないので,比較しようがないのですけど,直接は関係がないように思っています。自分がRubyを作っている理由は割とselfish(利己的)というか,自分がほしいツールを自分のために作っているので。
ただ,Rubyがアメリカやヨーロッパでアクセプトされる時に,自分がキリスト教文化に理解があるとか,英語がしゃべれるとか――学生時代,宣教師としてアメリカ人といっしょに活動をしていたので――が役立ったので,そういう意味で間接的な影響はあると言えます。
例えばオープンソースにはユーモアが非常に重要なんですが,僕はアメリカ人と行動していたことで,彼らに受けるようなジョークもたまに言えるので,それが関係あるのかな。
梅田 リーダーシップというのかな。毎日のコミュニケーションやコラボレーション,それはクリスチャンとしてのまつもとさんと関係がありますか。
まつもと クリスチャンとして恥ずかしくない行動をしなければな,というのはありますね。きついことを言われてもちょっと我慢して冷静に対応しよう,とか。
梅田 オープンソース世界を見渡したときに,信仰を持っている人はかなり多いのですか。
まつもと 確かに多いです。しかしLinusは無神論者で,それを考えると,クリスチャンでないとだめとか,クリスチャンであったほうがいいということはないのではないでしょうか。
ただコミュニティを運営する上で,クリスチャニティというものがいい影響を与える,ということはあると思います。
企業がオープンソースの成功要因を取り入れる方法
――「ウィキノミクス」という書籍が,オープンソースのもの作りのやり方は,営利企業やソフトウエア以外の領域にも拡大していくと述べています。
梅田 Googleはオープンソースから組織原理にかなり影響を受けていることは間違いありません。情報共有のやり方,エンジニアの評価の仕方,自発的にやるということを尊重する文化などをオープンソースの成功要因から取り込んでいます。
ただ,Googleがオープンソース的なものの作り方をしているかというと,そうは言えない。いいとこ取りでハイブリッドな形だと言えます。
ウィキノミクスという本に関して言うと,あの本は大企業からのファンディング(研究資金)で書かれているので,結論が先にありきという性格がある。オープンソース的なものづくりのやり方を大企業も取り入れていくという前提に立って,そういったちょっとした小さな芽を集めて紹介している面があります。
僕も経営コンサルタントをしているので,大企業に対してそういったオープンソース的なものの作り方を提案したこともあるんだけど,それは簡単じゃない。大企業が長い時間をかけて築きあげてきたものづくりのやり方と,インターネット空間で不特定多数を巻き込んだオープンソースのやり方は大きく異なっていて,「ここで新しいやり方で成功しているからちょっと取り入れてみましょう」というわけにはいかない。
そこでいかに両方のいいとこ取りをしていくかということになるんだけど,Googleは能力の異様に高い人を集め,なおかつコミュニケーション能力が高い人を集め,初めてGoogleのやり方が可能になるわけで,非常に厳しい前提条件のもとで実現しているんです。コミュニケーション能力の低い人や言われたことで精いっぱいの人では無理ですね。
まつもと コストの低減という面が大きいですよね。昔は高いコストがかかったのが今はほとんどゼロでできてしまうことがかなりある。
例えば国際コミュニケーションについて言えば,昔,国際電話は非常に高かったけれど,今はほとんどタダ。ソースコードを共有するにも昔ならMT(磁気テープ)を海を渡って送るなんて冗談じゃない,という状況でしたが,今はサーバーを置いて毎回そこにアクセスすればよい。
そういうコストの変化が,あるしきい値を超えたことで,それが適用できる領域で,社会のあり方や仕事のやり方に変化が起きているんだと思います。
オープンソースはその最たるもので,顔を突き合わせずに開発するなんて昔は不可能と思われていましたが,今は普通に国際分散開発ができている。メールやチャット,Skypeで,いくらでもコミュニケーションできる時代になったことで,バザール型の開発が可能になった。
Googleはエンジニアのブラックホール?
まつもと Googleは向こう側ってよく言うじゃないですか。本当にそうで,オープンソースから見ても向こう側なんです。
すごく人を買い漁っていて,Googleに移った人をたくさん知ってるんですけど,その中のかなりの割合の人たちがGoogleに入ったとたんに発信しなくなる。ブラックホールと呼んでいるんですけど。
Googleの中の人の話を聞くと,とてもオープンソースのアクティビティと似ていて。
梅田 内部で充足しちゃうんですよね。好きなことをやる,ということがGoogleの中で満足されちゃって。承認も内部で得られる。
まつもと 本当に向こう側にいっちゃって出てこないですよね。
梅田 ファースト・プライオリティが知的好奇心で,利他的なものがセカンダリだと,まつもとさんはおっしゃった。とても重要なご指摘だと思う。ファースト・プライオリティが満足されてしまえば,わざわざセカンダリな部分を満たすために外に出てくる必要がない。グーグルのエンジニアはそうだと。それはすごくよく分かる。
――守秘義務という部分もあるんですか。
梅田 それもあるけど,もっと大きいのが,幸せなんだよね。エンジニア天国だからね,あそこは。
まつもと でもGoogleに入れる人は限られているので,外にいる僕としては,全エンジニアに,普通の人にも幸せになってもらいたい。そういう意味では不満なところがあります。でもそれは個々のエンジニアに求めるべくもなくて,彼らは満足しているわけなんだから。
梅田 そういう意味でオープンソース的なるものを内に持とうとしている会社なんだよね。
まつもと やり方が同じだけにかえって。
梅田 でもGoogleと同じことをやるのはとんでもなく難しい。真似をしようと思っても,ふつうは組織が回らないですよ。こないだ面白いことを言っている経営学者(ゲリー・ハメル)がいて「GoogleはWebの進化と同じスピードで進化しようとしている」と。
まつもと 仮に僕がGoogleに入ったら「でもやっぱり外に行こうよ」と言えるかどうか。
――受けたら入っちゃいますよ。
まつもと いちおう断ったんです。正式なオファーではなく,面接を受けませんかという話だったんですが。
梅田 Googleに入った人たちで,5億何千万の利用者にいきなりアクセスできるインフラがあるということを強調する人はいるよね。エンジニアといいっても色々なレイヤーがあるけど,特にサービスのアプリケーションに近いところの人たちは,せっかく作ったんなら全世界が使うインフラに乗りたいと思うよね。
一方で組織が何にもないところから作りたいという人たちは,Googleのようにエスタブリッシュされたところではモチベーションが上がらない。向き不向きですね。
まつもと 僕が楽天のお手伝いをするようになったのは,Googleに対するアンチテーゼという面もあります。楽天は少なくとも技術研究所で作った部分はオープンソースにしようとしているので。あ,Googleが嫌いなわけじゃないんですよ。ユーザーだし(笑)
大企業でワクワクする開発プロジェクトを実現するには
――オープンソースのやり方を取り入れていくことで,企業でのシステム開発をもっと楽しくしていくことは可能でしょうか。
まつもと 企業でのシステム開発が楽しくないかというと,僕は結構楽しんで仕事していたこともあって(笑)。結局やりたいことができているかどうかなんですよ。最終的には顧客満足が得られないといけないんだけど,自分の判断で「これはよい」と思うことがどれだけできたか。それが楽しさを決めるんだと思います。
梅田 オープンソースの世界ではビジネスにかかわる人が意思決定をしない,ということがものすごく大きいと思うんですよね。リーダーがビジネスマンのオープンソース・プロジェクトはないわけで。
まつもと ごくまれな例外はありますけど。
梅田 そうなんですか。でもその場合でもリーダーはコードを書く人ですよね。
まつもと そういうことが多いですね。
梅田 通常,成果物は誰かが使うことを意識して作っていく。常識としては当然ビジネスマンがかかわってくるわけですけど,そうではなく,技術者から最も信頼されたリーダー(技術者)が意思決定をする。「オープンソース組織の本質はそこだ」という言い方さえしてしまえば,僕は大会社の中でもやりようによってはできるような気がする。
日本企業でも富士通の池田敏雄さんとか,ホンダの本田宗一郎さんとかがやってたプロジェクトがある。Steve Jobsが,iPodを作るときに「この背面がもっとキラキラしてなくちゃダメだ」というところまでこだわった,そんな話をホンダの人にすると,「それはホンダの物語と同じだ」って言うわけです。
ある時期から,日本の企業のエンジニアリングのプロジェクトがビジネス主導になった。それはいろんな理由があり,マネージメントの側からするとそれは当然であり,それによる成功事例も多いんだけど,そうでないやり方で,オープンソース的なものを取り入れていくには,エンジニアから信頼される技術者がトップレベルの意思決定をするリーダーに選ばれる,そういうメカニズムがちゃんとうまくいけば,大企業のなかで,限定的にでも,そういうワクワクしたプロジェクトが実現できるんじゃないかと思います。
ネットの上の「小さくとも確実な幸福感が得られる場所」
梅田 まつもとさんにとっての「幸せ」って何ですか。
まつもと ご飯が食べられる範囲で,好きなことを日がな一日やっていられれば幸せですね(笑)。
梅田 「ご飯が食べられる」の定義もいろいろありますよね。今日飯を食えればいいとか,蓄えがないといけないとか。
まつもと 蓄えはあったほうがいいですね。生活に不安がない程度に。
梅田 若い人たちと話すと,こんな豊かな国で,不安だ不安だというんですよね。「生活に不安がない」と言うときの定義もいろいろで,一生食っていけるだけの蓄えがないと不安だとか,未来もずっと見通せてないと不安だとか贅沢なことを言い続けるのであれば,永遠に幸福は訪れない。
まつもとさんがおっしゃる「不安がない」というのは。
まつもと 僕が事故で入院しても,とうぶんは子供が「おなかすいたよお」って泣かないですむことですね。数カ月分の貯金があれば。
梅田 オープンソースで成功しているリーダーの人たちって,そういう「幸せがぶれない」という共通点があるのかな。
まつもと 確かにLinusが「お金持ちになりたい」って言うのは聞いたことがないですね。
梅田 僕は,そういうオープンソースのリーダーたちの価値観,「お金より,やりたいことをやることが大切」というぶれない価値観の持ち主がすごく大きなことを成し遂げだした,そのことを勝手に拡大解釈してみたいっていう気持ちがあるんですよ。それがこの本(「ウェブ時代をゆく」(ちくま新書))を書くモチベーションの一つになりました。
そのことをこれからの世界における先駆者的象徴と見たい。そういったことがオープンソース以外の違う分野にもこれから起きていくんじゃないか。ソフトウエアをみんなで開発するというのと同じように,違うタイプのものづくりであったり,あるいは作らなくても,たまり場みたいなコミュニティ,師と弟子が出会う学校のような場所だとか,小さくても確実な幸福感が得られるような場所が,よりよく生きたいと思っている人たちの数だけ,ネットの上にできたらいいなと。「小確幸」(小さくても確実な幸せ)っていうのは村上春樹さんの言葉なんだけど,僕はそんなことが実現できるネット上の世界を夢想します。
そうしてそれが社会的貢献度の高い,意味のあるコミュニティになったら,まつもとさんのような「飯の食い方」ができるような人が増えてくるんじゃないか。そういう未来っていうのを思いたい,っていう気持ちが強いんですね。
既に日本でも数百人がオープンソースで飯を食っている
梅田 まつもとさんは「『オープンソースで飯を食う』のは,既に『簡単ではないけど実現可能な夢』になっている。プロ野球選手になるよりは100倍簡単だと思うぞ」と書かれていた。あのイメージって,僕が今言ったようなことと近いですか?
まつもと プロ野球選手は枠がありますから,日本全国で何百人しかいませんよね。それに比べてオープンソースで飯を食うのには枠がない。
梅田 でも実際にはオープンソースで飯を食ってる人は少ない?それとも多い?
まつもと オープンソースで飯を食っている人は,日本だけでも数百人単位でいると思います。
例えばミラクル・リナックス CTOの吉岡さんの部下として働いている方なんか全員そうですよね。広くとれば(関連記事,梅田氏と吉岡氏の対談レポート)。
私みたいに矢面に立って「オープンソースを開発しています」っていうのはまだ少数ですが。
梅田 そうか。例えばNECに勤めてLinuxを開発していたり,IBMのLinuxテクノロジー・センターで働いてたりというのを含めると。
まつもと 日本だけで1000人を超えるかもしれません。しかも拡大傾向にある。そう考えるとプロ野球選手になるより簡単だと思います。
オープンソースで飯を食うための“システム"
梅田 野球の例で「大正や昭和初期には野球で飯を食うなんて考えられなかった。プロ野球という機構ができ,システムができて,野球選手は職業になった」とおっしゃっておられましたが,オープンソースで飯を食うというときに,そのシステムにあたるのは何でしょう。
まつもと 一つはオープンソース企業ですね。オープンソースをオープンソースのままでお金に変えていく仕組みになっていくんじゃないかな。
梅田 注目しているオープンソース企業はどこですか。MySQLとか。
まつもと MySQLなどもそうですし,ソフトウエア企業以外にも,Googleも自社で作ったものの一部を外に出していっています。そういう会社はこれからもっと増えていくと思います。
ネットワーク応用通信研究所もそうです。コンポーネントを作ってオープンソースにして,それをコアにシステムインテグレーションをしている。Rubyのほかにもたくさんのソフトウエアをオープンソースにしています。
ミクシィも自社で作った一種のデータベースのようなものをオープンソースとして公開している。楽天も楽天技術研究所で開発するソフトウエアをオープンソースとして公開しようとしています。
梅田 そうすると,さっき言った「ビジネスマンが意思決定しない」とか,そういうようなオープンソースの原則というのは,企業内でも守られますか。
まつもと ケース・バイ・ケースですね。残る場合と残らない場合があると思います。
梅田 それはかまわないんですか。
まつもと 僕が追求するのはオープンソースであるかどうかよりも,個々の技術者が幸せかどうかなんです。オープンソースにかかわっていても幸せじゃない人はあり得ると思いますし,オープンソースじゃないプロジェクトにかかわっていても幸せな方はおられると思います。
オープンソースにかかわって幸せな技術者が増えてほしいし,オープンソースじゃないプロジェクトにかかわっている方にも,Rubyを幸せになるための道具として活用してほしいですね。
英語圏のネットは日本語圏の10倍
梅田 ある大きなIT企業の研究所の人と話をした時のことなんですけど,今,ソフトウエアの開発ってすごく専門別に細分化されてて,500人とか1000人の研究所でも,自分のやっている成果を理解して面白がってくれる人が社内にいないって言うんです。
ところがオープンソースっていうのは,それが面白いと思う人が集まってくるから,今日作った成果を「それはすごいね」って誰かが言ってくれる。でも社内では「ふーん」って。そこに一つの幸せの本質があるんだっ,て僕は言われたことがあるんです。
まつもと それはあるかもしれませんね。
梅田 すごくマニアックなところで人がつながってくる。
――佐藤嘉則さんという,日本OSS貢献者賞を受賞された方のお話なんですが,Linuxを組み込み向けCPUに移植して日本語で公開してもほとんど反応がなかった。それがつなたい英語で投稿したら「お前面白いことやってるな」ってすぐに反響があったそうです(関連記事)。
梅田 オープンソースに限らず,ネット空間全般に言えることですが,とにかく英語圏と日本語圏では数が圧倒的に違う。
まつもと 10倍くらい違いますね。
梅田 日本語圏のネット空間と,英語圏のネット空間って,別のものだと思った方がいい。痛感します。
価値判断は留保するとして,まず数が違う。Googleのユーザーは5億4000万人と言われますが,日本の人口全部あわせても1億ちょっと,全員がネットを使うわけではないので,それだけで1けた多いわけです。
言語の壁っていうのが大きいですよね。
英語が下手と人に言うのはやめよう
梅田 今,「英語が下手だと人に言うのをやめる運動」というのをやってるんです(笑)。僕,英語があんまり上手じゃないんですよ。時々バレることがあるんです,ものを書いたりしてるときに。英語の上手な日本人に,すごく厳しいことを言われることが多いんだな。英語ってすごくこだわりを持っている人がいて,間違いを指摘されるんですよね。
僕は英語が下手だけど,アメリカに住んで生きていけてる。アメリカ人って,英語が下手な人になれてるんです(笑)。すごく。
あるとき「なんでおまえこんな間違った英語書いてるんだ」って日本人に言われたんだけど,それってアメリカで習った英語だったんですよ(笑)。アメリカって,必ずしも正統な英語が流通しているわけじゃないんですよね。中国系がいて,インド系がいて。シリコンバレーはもうめちゃくちゃです。
ぜひこれは運動として「英語が下手だと人に言うのをやめる」ようにするべきです。英語がメインの仕事じゃないんだから。日本だと「つたない英語」とか,わざわざ言わなくちゃいけないわけだけど,そのつたない英語の奴らがおもいっきり仕事しているんだから,向こうでは。
自信を持ってしゃべってると,英語ネイティブのやつらのほうが自信がなくなってくるっていう現象があるんです(笑)。僕はイギリス人の部下を持っていたことがあって,僕のほうがシリコンバレーで使われている変な英語が彼よりよくわかるんですよ,メキシコ人のしゃべっている英語とか(笑)。
レストランでそいつがいくら正統な英語でオーダーしても通じないんですよ。それで僕がジャパニーズ・イングリッシュで翻訳して注文してやると「わかった」って。僕がイギリス人に英語の通訳をしてるんです(笑)。心から嫌な顔してたな,そのイギリス人が(笑)。
そんなもんなんです。心のバリアを下げて,世界を近いものにする。まつもとさんも島根に住んで世界で仕事をしてるんだから。この対談を十代の人が読んでくれていたら,ぜひ言いたい。
もちろん「英語勉強しろよ」っていうのはあります。あるんだけど一方で,「完璧でなかったらダメだなんて,大人が言うな」というのはすごく言いたい。
まつもと 海外に出ないのはもったいないな,というのは思います。僕が英語で発信しなかったら今のRubyはないわけで,一歩前に踏み出すというのがすごく重要ですね。
梅田 ソフトウエア・エンジニアの人は,プログラミング言語という第一外国語を持っているわけですから,英語は言わば第二外国語なわけですよ。フランス語やドイツ語のような。フランス語だったら「つたない」とか言わないでしょ。少しでもしゃべれれば万々歳で試してみるみたいな気持ちになりますよね。これからの人たちはそのくらいの気持ちでいってほしいな。
まつもと 10年くらい前に,Ruby Application Archiveという,Rubyのアプリケーション登録サイトを作ったんですよ。そこの言語は英語にしたんです。日本人にも英語で書けって。それで日本人も英語で説明書書いたら,外人からメールが来るわけですよ。「お前のアプリケーションは面白い」って。
梅田 アメリカ人って,他人の英語が間違ってても直さないですよね。僕はもっと上手になりたくて,メール受け取って英語に間違いがあったら指摘してくれといつも頼むんだけど,何も言ってこない。「下手だ」っていうと「いやいやそんなことはない,Excellentだ」って(笑)。
――僕も褒められて,それ以来,意思疎通ができるようになりました。全然うまくはならないけど(笑)。英語に対する恐怖感って,どこから来たんだろう,何が自分を縛り付けていたんだろうと思います。
梅田 日本の「恥の文化」かもしれないね。
まつもと氏の「これから」
梅田 これからの抱負は。
まつもと 持続することですね。
梅田 Rubyを発展させていくということですね。
まったく新しいことを始めてみたいという気持ちはありますか。
まつもと 僕の知的好奇心はRubyの中で満足しているので。
プログラミング言語ってすごく幅が広いんですよ。文法が人間の気持ちにどういう影響を与えるかというところから始まって,ライブラリを実装する時のアルゴリズム,パフォーマンス・チューニングやOSとのかかわりもあって。まったく違うプロジェクトというのは今のところ考えていないですね。
梅田 大学の先生になるというのは。
まつもと 僕は学位を持ってないので。
梅田 Ph.D(博士号)ということですか。なくてもなれるでしょう,最近は。
まつもと あんまり教育に関心がなくて。後輩が入ってきても「頑張って。わかんないことがあったら聞いてね」という感じで。「勝手に育って」という(笑)。
梅田 講義は持っていらっしゃる?
まつもと 去年までは母校の筑波大学で年に1回持っていました。
梅田 アメリカのコンピュータ・サイエンス学科だと「ハッカーはハッカーにしか育てられない」という考え方があって,そういう人が教授になったりしています。
まつもと そうですね,いつか後進を育てることに関心が出てきたら(笑)。
島根が抱くRubyへの期待
梅田 島根っていいところなんでしょうね。
まつもと 人によります。都会的なものはあまり期待できない(笑)。そういうのはだめなんですけど,海があって山があって湖があって温泉があるので。島根の地形を横にするとサンフランシスコ周辺に似ているので,ベイエリアならぬレイクエリアだという人もいます(笑)。
梅田 Blogを拝見していると,島根大学の学長さんや松江市の市長さんとお会いになっていたり。
まつもと そう,島根はRubyに対する理解はありますね(笑)。
梅田 どんなお話をされるんですか。
まつもと 危機感があるんですよ。過疎県で人口が出ていくし,特に若い人が残らない。仕事がないからなんですけど。
Rubyの技術を持っている人間がまつもと一人だけじゃなく,その周辺にたくさんいるということそのものが,若者をつなぎとめたり仕事が増えることにつながるんじゃないかという期待があるんですね。
そこで,市とプロジェクトをやってみようとか,大学とのジョイントで共同研究,事業をやってみようという期待や可能性がある。
梅田 そういう仕事やアクティビティに情熱を感じますか。
まつもと ありがたいと思います。頑張ってほしい。少なくとも邪魔しないようにしようと(笑)。
梅田 なるほど,そこには専門のスタッフの人たちがついているわけだ。素晴らしいな。まつもとさん,ほんとロールモデルですよ,これからの若い人たちの。
まつもと氏にとってのロールモデル
まつもと でも僕がいるおかげで,プログラミング言語作りたいっていう人が目立つようになりましたね。昔からいたんだろうけど,表に出てくるようになった。
ロールモデルの話をすると,Perlを作ったLarry Wallっていう人が僕のロールモデルです。
彼はもちろんエンジニアなんですけど,文章と講演がすごく面白いんです。歌って踊れるじゃないけど,面白い文章が書けて,面白いプレゼンテーションができて,プログラミングができる人になりたいと。
梅田 彼はいい文章を書くよね。
いつごろ,彼をロールモデルに設定したんですか。
まつもと 「プログラミングPerl」の日本語訳が出た時だから,90年ぐらいかな。その本で彼の文章を読んで。
梅田 そんなに早く。
まつもと 20代でした。
97年に彼が最初に日本に来て,そのときに会って話をしたんです。プレゼンテーションも見て,「これだ」って。
前からずっとそう思ってたんですけど,そこで完全に目標に設定したって感じですね。
ベンチャーとオープンソースの共通点
梅田 ベンチャーとオープンソースって似たところがありますよね。
全部成功するわけじゃないところも同じだし,創業者がずっとやっているところもあるし,途中でリーダーが交代しているところもあるし。
まつもと 僕の友達でも,オープンソース・プロジェクトを立ち上げてはゆずり,立ち上げてはゆずり,という人がいますね。
梅田 多産多死みたいなところも似てるし。
よくオープンソースって成功したところだけがクローズアップされて,やると必ず成功するって思っている人もいるけど,現実には死屍累々というのはベンチャーもオープンソースも同じで。
ただ成功要因は違って,ベンチャーは経営的,経済的要因というのが大きい。
一方でオープンソースはリーダーの資質にゆだねられるところが大きい。逆に言えば,お金かからないわけだし,個人がある資質をもっていたらできるというのは素晴らしい。
まつもと 安いですよね。
梅田 それで満足できるんだと思える人であれば,ベンチャーをやるよりも参入障壁は低いし。
まつもと コンピュータとネット接続があればできますから。
梅田 すごい時代だよね。
同世代でしょ,我々。今の状況って考えられないよね,コンピュータを始めたころから考えると。
まつもと ここまでコストが安くなるというのは,予想以上ですね。
梅田 若いエンジニアがあたりまえだと思っていることが,我々の世代はあたりまえじゃないというところから始まっているからね。
まつもと 就職して何年かたつまで,海外にメール出せませんでしたからね。そのころKDDしか回線を持ってなくて,海外にメールすると,KDDから「おまえは登録されてない」ってはねられる。
梅田 登場したころのPCなんて,何ですかという感じだったよね。
まつもと 計算能力で言えばお話にならない。
最初に使ったコンピュータの320Kバイトのフロッピー・ディスクが,無限に広く感じていましたね。
梅田 5Mバイトのハードディスクに留め金がついてて,それを止めないで動かすとハードディスクがクラッシュしたんですよ。
まつもと そんな時代もあったんですよね。
ネットで能力を増幅する若者たちへ
梅田 Rubyって何段階かで普及しましたよね。海外で紹介されたとか,Ruby on Railsが流行ったとか。そんなふうにパーンと伸びたときって,どういうふうに感じました?「やった」って感じなのか,あるいはユーザーが増えると面倒くさいこともあるだろうし,影響力が大きくなるというのは重荷になるということもあるだろうし。
まつもと 気恥ずかしい感じが一番強いですかね。ユーザーが増えても,僕のやっていることはあまり変わらないんですよ。お客さんが増えても僕のところには何も入ってきませんし。要望の数は増えるんですけど,種類はそんなに増えない。そうすると僕の活動の性質は変化がない。そうするといろんな人から「ありがとう」と言われて気恥ずかしいなと (笑)。
あと最近は講演や原稿の依頼が増えて。それは微妙なんですが(笑)。経済的には豊かになっているんですけど。それだけで僕の収入の何割かいきますから。今年は本当に多いです。多いときは講演が週2回とか。
梅田 それは生き方の普及というか,ロールモデルの展開という意味もありますよね。
まつもと 確かにオープンソース・ソフトウエアを作っている人で,プロジェクト・リーダーで,しゃべってくれといわれて「うん」という人となると,僕しかいないことが多いみたいで。
梅田 口下手な人が多いのかな。
まつもと オープンソース関係の仕事をしている人は多いんですけど,プロジェクト・リーダーということになるとかなり数が絞られますね。
梅田 しかもグローバルに普及しているソフトウエアとなるとさらに少ない。
これから「まつもとさんみたいになりたい」っていう若い人たちが増えますね。
昨日,17歳の男の子が僕の本を読んで,ブログに感想を書いてくれたのを読んだんです。彼は進学校にいて,同級生は東大に行く人が多くて自分もいけるだろうと彼も思っているんだけど,ネットリテラシーも高くて,世界のこともわかっているから,ウェブ・サービスの構想もたくさん持っていて,東大なんか行くより留学した方がいいんじゃないかとか。すぐに起業したほうがいいんじゃないかとか。だけど回りの大人たちは東大に行けと言う。「この本を読んでいろいろ考えた」と書いてあって,なんかすごく責任を感じちゃって。「この子の人生を惑わしちゃいけない」と(笑)。
なんか真夜中に眠れなくなっちゃって,たまたま彼のブログは「はてなダイアリー」だったから,はてなポイントを送信して「ちょっと僕のところにメールを送りなさい」ってコメントに書いたんですけど,そしたらメールを送ってきてくれて。
そういう子たちが,僕達が10代のときと全然違ういい伸び方をしてると思う。感激するほど大人で,ネットで能力を増幅しているというのがわかるよね。
まだ返事を出してなくて悩んでるんだけど。どう言おうかと思って。
まつもと 僕もプログラマになりたいってメールをもらって,どうしようかと悩んだことがあります(笑)。
梅田 悩んじゃうよね。少なくともちゃんと学校に行くようにって,言おうと思うんだけど(笑)。
やっぱりそういうポテンシャルを持った人たちが,まつもとさんみたいになりたいって思ったとき,もっともっと日本からグローバルなオープンソース・プロジェクトのリーダーが出てくるんじゃないでしょうか。
ロールモデルは大事ですよ。まつもとさんという人が出たっていうのはね。
まつもと だといいんですけど。
梅田 すごいことですよ。